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2009年4月

2009年4月26日 (日)

時間のある限り

司法書士試験まで時間は限られている。

まして試験までの期間も決して勉強に専念できる環境ではない。

でも時間のある限り

精一杯の努力をしたいと思います

父の件もあったし

合格したい気持ちは

がぜん強いものです

気持ちだけなら受験者のなかでも

トップクラスの自身があります(笑)

冷静に試験までの日数を考えると・・・

やっぱりたどりつくのは「過去問」につきると思ってます。

まずは過去問

最後も過去問

決して諦めたりはしませんよ~♪

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2009年4月19日 (日)

春に咲く花

Nec_0028

今日は父が生前暮らしてた鹿嶋へ。

今は後妻である方が1人で暮らしてます。

その方は長崎出身の方ですが

父と結婚して2年

この鹿嶋で父と暮らしてました。

父亡き後、

もしかしたらあの人は荷物まとめて長崎に帰る気では?

親戚の誰もがそう思っていましたが

本人は鹿嶋に1人で暮らす意志がありました。

今日、その意志を再確認するつもりで鹿嶋に行きました。

父は鹿嶋の家を購入する際、

家の設計からこだわってました。

そして割と広めな庭。

最初はただの雑木林だったのを自分も覚えてます。

父とその方は2人で庭を作りました。

鹿嶋のあの家、あの庭、

全てに父の思いがこめられてます。

Nec_0029

自分は残念なことに

植物とか花とかにまったく興味がないんですが

Nec_0030

「春になれば庭いっぱいに花が咲くぞ」

Nec_0031

当時、父が言ってた言葉を軽く流してたものです。

Nec_0032

父がいない庭に

たくさんの花が咲いてました。

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遺産分割協議書

ゾルダさん、カオリさん。

前回のブログで励ましのコメントくれた皆さん

本当にありがとうございますweep

仕事に復帰しつつも・・・体調をちょっと壊してます。

あたりまえかぁーdash

父の危篤のときからしばらくの間、

徹夜して

ちょっと寝て

また徹夜して・・・

そんな毎日でしたから。

家に帰ってからは、いろんな手続きに追われる毎日です。

父が管理してたお墓の管理者承継手続き

生命保険の死亡給付金

銀行の解約

などなど・・・・

で、提出書面でいろんなのが必要なんですねsweat02例えば

「被相続人の除籍謄本」

「被相続人の死亡記載のある住民票」

「被相続人の出生までさかのぼった戸籍謄本」

「各相続人の戸籍謄本」

「各相続人の印鑑証明書」

いろんな書面に同意書は実印で押印が必要だったり。

おかげで父の本籍地に「何を○通」とか

自分の本籍地や住所地に「何を○通」とか

整理してるものの、少々ごちゃごちゃしてます。

父が住んでた鹿嶋の不動産house

姉が亡き父よりもらっていた船橋の住居house

いろいろ考えると、改めて行政書士や司法書士の勉強してて

得したことはたくさんあります。

そんな矢先、姉から電話があり遺産分割の請求がありました。

ざっくり言うと「きっちり相続分はよこせ」というものです。

父が亡くなる3年くらい前から疎遠でしたが

やっぱりか・・・・てな感じです。

父には2年前に再婚した配偶者がいますんで

その人に全部渡すのは「しゃくにさわる」ってとこですかね。

で、その配偶者的には「今更何を言ってるの?」的な要素も多く・・・

正直、こんな事を考えてると

勉強どころではなくなってしまう毎日です。

ってなわけで

遺産分割協議書を自ら作成中dash

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2009年4月11日 (土)

止まったままの時間

LECの答練もいつのまにかファイナルに突入。

昨日、水道橋に1・2回分の問題と解説をとりにいきました。

が・・・・そのまんま家で放置してますがdash

すっかり春っすねcherryblossom

いつの間にか桜も満開で、公園は花びらが舞ってました。

北朝鮮のミサイル発射も実は3日くらい前に知りました。

僕はというと・・・・・

今もまだ

父の危篤の知らせを受け

レンタカーで車を走らせた「あの時」から

時間が止まったままです。

父を亡くしてから今日で1週間。

早いもんです。

この歳で

自分を育ててくれた父も母も

もうこの世にいないなんて考えもしなかった。

自分に子供が出来て

初めて自分が親から受けてきた無償の愛の大きさを知りました。

それからやっと

やっと

父と男同士の会話が出来るようになった気がします。

高校卒業後、

すぐに家を飛び出した親不孝息子にとって

やっと築いた「いい関係」は

わずか数年で終わってしましました。

今はゆっくり休みたいです。

ゆっくりゆっくり。

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2009年4月 8日 (水)

父の死

4月4日

午前7時半

父を亡くしました。

父は以前、大きなガンの手術を行い、

体は決して丈夫な状態ではありませんでした。

今年3月の後半くらいから

肺炎にかかっていました。

当時は大事に至らず、自宅療養でした。

3月31日に呼吸が苦しくなり緊急入院。

自分は仕事を切り上げ、茨城県の友部の入院先へ見舞いに行きました。

当時は酸素マスクをつけていて

何とか会話はできました。

遠方から駆けつけた僕を気遣い

「オイ、もう(見舞わなくても)いいぞ」

これが父が僕に残した最後の言葉でした。

その日の深夜、病院から病状悪化の連絡を受け

電車もない時間だったので急いでレンタカーを借りて

再び病院に駆けつけると、

そこにはもう意識もなく

人工呼吸器をつけた父の姿がありました。

「どんなにもっても明日中」

医者からはそう言われました。

そんなことを言われ、冷静に話を聞いてても

心の中では当然受け入れられませんでした。

意識不明の昏睡状態の中

父の約50時間もの間、戦っていました。

それはすまさじい生命力です。

・・・・でも奇跡は起きませんでした。

5日の通夜、6日の葬儀を終え、

昨日、東京の自宅に戻ってきました。

僕には姉がいますが数年間

父とは疎遠でした。

僕と姉を産んだ母は既に他界しており

亡父と2年まえに結婚した後妻がいます。

遺産の処理を自分が中心になって行いますが

今まで疎遠だった姉と後妻との骨肉の

相続バトルは避けられないです。

このブログでどこまで書いていいかわからないけど

しばらく司法書士の勉強をしてる暇がないかもしれないです。

でも、今はこれだけは言えます。

いつか絶対に司法書士になります。

改めてそう強く感じました。

また、これからも父のこと

いろんなこと

書かせてもらいます。

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